s-コピー ~ 2017-01-27 028


人間という者は欲望をなくせ、といわれても、なかなかなくせるものでなく、
恐怖するな、怒るな、哀しむな、執着するな、といわれても、その性情が容易なことでなおせるものではありません。  

法然、親鸞は、そうした性情をなおせなどとは少しもいいません。 

私たちもあなた方も、そうした肉体人間の想念感情においては、同じことなのだ、
そのような想念はどうでもよい、
怒ったら怒ったまま、泣いたら泣いたまま、
ただひたすらに南無阿弥陀仏と称名しなさい、

称名さえすれば、あなたがたは、極楽浄土に救われてゆくのだ、と教えているのです。 

 これは法然、親鸞が肉体想念(業生)と本心(仏心)とをはっきり区別して知っていたことを現わしています。




『日々の祈り』 五井昌久著 高橋英雄編 より




INFINITE LOVE




世界人類が平和でありますよう






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