2016.01.16 反断捨離
 ここ三日、家の周りを片付けながら、同時に創造の世界で遊んでいる。
 とにかく作ることばかりだったので,どこもかしこも溢れかえったモノが山積みで、それらをきちんと片付けていくのが、一月のやらなければいけない最重要課題である。
 今どきの言葉で断捨離というのがあるが、そもそもモノたちの悲鳴ともいえる声が聞こえてしまう私には、とても断捨離というのは可愛そうでできないのである。そして、自分のもとに来た以上は、最後の最後まで責任をもって見守るという覚悟があるべきで、飽きたからとか邪魔になったということで捨ててしまうのはもってのほかなのである。その行先の世話まできちんと責任をもって出来ぬならば、そもそも買ったりもらったりすることはしてはいけないのである。だいたい捨てればおしまい、そして人間だけが良くなるというという考え方がどうにも納得がいかない。どんなモノであろうとその心を知ることこそ大切な生き方であり、人の道のはずである。
 私が小さいころに、捨て猫を拾って、一時期11匹にまで増えてしまったことがあり、その時の母の苦労は大変であった。邪魔だからといって捨てるわけにも行かず、(そうはいっても避妊するということもなかったので、どんどん生まれてきてしまい、母に、どうか捨ててきてといわれて、井の頭公園の池に生まれたばかりの猫を捨てに行ったのを覚えている。あの時の悲しみはもうしたくない)猫屋敷といわれてしまうほどであったが、冬にジステンバーにかかり、次々と死んでしまい、それからは3匹以上にならないように飼っていったのを思い出す。今の我が家でもそうであり、ある時から4匹になり、今では5匹までは大丈夫という感じで、ここ4年はみんな元気で過ごしている。
 モノと猫は違うといわれてしまいそうだが、私にとっては可愛さは違うが、我が家に来たということにおいては全く同じ意識で、来た以上は最後まで責任をもってともに暮らしていこうと思っているのである。
 であるからとにかくものが増えてしまい、増築を繰り返し入れてきたが、すでに許容量を超えて、軒下に置かれだしてきた。もう使われなくなった子供の勉強机と椅子を解体し薪にした。今日のお風呂は椅子や机たちの最後のエネルギーで沸かし、そのエネルギーを一杯いただき感謝してお別れをした。
 それにしてもこの物質世界は、川の流れのようにモノが流れて来る。我が家は薪で暮らしているのでその許容量は燃やせない家とは比べ物にならないくらい大きい。木のモノであったらまだまだ受け入れていきたい。

INFINITE SUPPLY

まだまだだが、
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あちこちに溢れるほど置かれていたモノたちをきちんと仕分けて片付け
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冬の間はバイクも玄関に置けるようになり、
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ベランダも歩けるようになってきて、ほっとしている。
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ここは、茶室の前の物置にあったものたちがたくさんあってまだだが、それでもだいぶすっきりしてきた。
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茶室周りもすっきりとした。
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INFINITE PEACE



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