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心のひびき、一言のひびき   -言は神なりきの時代-
五井昌久


 この世の中は、本源の世界が、言のひびきによってできていると同じように、やはりひびき、つまり波動でできている世界であることは、私が常に申し上げております。
 原子、素粒子というような存在が物質の素ではなく、それも波動の現われである、という科学の学説も現われはじめていて、単なる物質論、精神論などとは異なった、 波動の研究というのが、本格的にはじめられようとしているのです。
 いよいよ、言(ひびき)は神なりき、の真理が現象の世界にもはっきりわかってこようとしているのです。
人類が、想念波動、いわゆる心のひびきを大事にしない限り、地球は滅亡の方向に向かうより仕方がないのであり、心のひびきを、神のみ心に合わせて生きる時、地球が真実の平和世界になってゆくのである、 ということなのです。
 ただなかなかむずかしいことには地球人類は生まれ変わり死に変わり肉体身というものを守るために、自己保守の本能というものに心を縛られて、自分を愛すると同じように他を愛するといいうことができない、習慣性をもってしまったのです。神のみ心がここでゆがめられてきてしまったのです。
  ですから、どうしてもこの習慣を神のみ心の通りに生きてゆく、という本来の人としての生き方に変えなければならないのです。それでなければこの地球界は、神のみ心の通りの平和な調和した世界にはならないでしまうのです。
 そこに祈りの大事さが大きくあらわれてくるのです。祈りだけが、神本来の言の中、光そのものの世界に、人間を昇華させてゆけるからです。近代の人間は祈りのというものを知らなすぎます。祈りをただの願いごとのように思っています。祈りは人間の本心を開く方法であり、神の言、神のひびきの中に人間を導きあげてゆく方法なのです。
 坐禅観法で空になる修業をするのも、無為になる道を見出すのもよいでしょうが、正しい言葉によって、本来の神の言に正しくつながることが、近代の忙しい生活の中で、その日常生活をこわすことなく人間の本心が開発され、神のみ心をこの地球世界に顕現することができる一番やさしい方法だと思うのです。
 この世の言葉を正しく使い、頭脳を駆け巡る想念を神のみ心につながる方向に習慣づけてゆくことが、地球を完全な平和世界の築きあげてゆく光明の道なのです。この世には本心を開発し、神仏との一体化を計る、いろいろの宗教の道がありますが、私の広めている道は、現在の日常生活をいささかも崩さす、この世だけの言葉を、言は神なりきの神の世界にまでひきあげる、世界平和の祈りの道なのであります。

天地をつらくコトパ

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように
守護霊さま、守護神さまありがとうございます


 この言葉は誰にでもわかるこの世の言葉でありながら、言は神なりき、の神のコトバでもあります。言と言葉が全く一つになった、しかも誰にでも、意味の明白な、そして深いコトバです。
 こうした天地を貫いた祈り言葉を時ある毎に使い、この祈り言葉の中に、真剣に想念をいれて生活してゆけば、その人の心は常に神と一体の状態になってゆきます。
 言葉や想念は、大事に使わなければなりません。世の中を暗くするような混乱させるような言葉や想念をふりまいてはなりません。いたずらにむずかしい言葉だからよいというのでもなければ、やさしい言葉だから悪いというのでもありません。
 ありがとうございます、という感謝の言葉など、やさしい言葉でありながら、人の心を潤わす実に善い言葉であります。そのように明るく親しい言葉、人を勇気づける言葉、柔和な言葉、親切な言葉、ユーモアのある言葉等々、この世を明るく楽しくし、未来の発展を導き出すような言葉が善い言葉といえるのでしょう。
 ところが現代は、まるでその反対で、暗い言葉、不調和な言葉、乱暴な言葉、愛のない人を傷つける言葉、人を責め裁く言葉などが多く、天の理想から次第に言葉は低次元の世界に落ちこんでゆくようです。
 なんで、自分がいわれて喜ぶような言葉を人にいってあげられないのでしょう。暗い言葉や、乱暴な言葉も、人の心を愉快に楽しくするわけにはゆきません。
  そこへゆくと、 世界人類が平和でありますように、というような、人類愛の言葉は誰がきいても善いものにきまっています。 他のつまらぬ言葉をしゃべっているより、どうにもおもいならぬ心配事で想い悩んでいるより、「世界人類が平和でありますように」ではじまる、世界平和の祈りを神と人類にささげるつもりで祈ったらどれ程気持がよいかわかりません。
 世界平和の祈り言こそ、真理の言葉であり、天と地をつなぐ、光明の柱でもあるのです。暗い言葉、汚れた言葉を、一度神にお還しして、神のみ心で洗い浄められた、正しい美しい言のひびきをいただき直す、そういうためにも、世界平和の祈り言は大事なものです。
 

「霊的存在としての人間」より抜粋  著者紹介 五井昌久(ごいまさひさ)
大正五年東京に生まれる,昭和二十四年神我一体を経験し、覚者となる,祈りによる世界平和運動を提唱して、国内国外に:共鳴者多数,昭和五十五年八月帰神(逝去)する,



今日は八ヶ岳月の国集会 10人で世界各国の平和を祈り、光明思想と感謝の波動のみの美しき時間でありました。
s-2015-04-21 002

INFINITE  POSSIBILITY


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