2014.08.13 両親への感謝
8月、今日からお盆。亡き父と母を思い出す。
s-コピー ~ 2014-07-18 591




私の住む八ケ岳は 観光地でもあり避暑地でもあるので、1年で一番人口が増える時期である。各地のお墓もたくさんの人が集まっている時期と思うと、避暑や観光に集まってくる人たちというのも、過去世のたぶん縄文のころに、ここ八ケ岳に住んでいたことのある人たちに違いない。そして縄文のいい縁を思い出しに来ているに違いない。

あちこちの森が何となくざわついている。
猫たちは時より森を見るがいつもと変わらず眠っている。私も猫と一緒に静かに横になっている。




五井昌久著 「本もの偽もの」より

両親への感謝を

 親子の過去世の貸借の問題は、その親子の生活のやりとりをみればすぐわかります。昔はよく子供が親のために身売りしたりすることがありましたが、これなど子の魂のほうが親に過去世からの借りのあった場合でしょう。
 しかし近頃は、親のほうが子供につくす親子の方が大半になって、 子供は親につくされっばなしで、自分が成長して家庭を持ってからでも、親につくしかえすという人が少なくなってきています。時代の流れともいうべきでしょうが、そ.の時代の流れをつくり出している底流には、神のみ心を現わすための妨げとなる、業の波をいろいろ変化させながら消減してゆこうとする、大智慧の働きがあるわけなのです。時代々々による生き方の変化というものも、人類進化のために必要なので、物質文明の極限にくると、にわかに精神文化が輝き出してくる、という工合になるので、現在はそういう時代にさしかかっているのであります。
 なんにしても、親子というのは、過去世からの深い縁によって結ばれているのですから、お互いに相手の生命の働きが充分にできるように思い合って、愛し合つて生きてゆくべきなのです。 現在父である人が、過去世においては、自分の孫であったなどということも随分とあるのですから、人間というのは、生命の兄弟姉妹と考え、その一番深い縁が父であり、母である、と思つたらよいのでしょう。
 今六十一才の今日でも、私は常に神界の母のことを想いますが、なんの理屈なしに、温かい柔和な雰開気につつまれます。 母という名は不思議な安らぎをもっているのです。
 天と地を、父と母にたとえることがよくありますが、天は光をふりそそく、生命の能動的な働きであり、地は天の陽気を受け、 ふりそそぐ光明を受けて、生命を養い育てる役目をもってい来すので、正に'天は父であり、地は母であります。私は、瞬々刻々、天地の恩恵に感謝するように、あまりに親しくかえって感謝することを忘れてしまっている父母にも、日々感謝の心で接する必要があると思います。感謝は光であり、愛の交流であるからです。
 人間は生命が無くては生きてゆけません。その一番大事な生命は、神から分け与えられたものです。そしてその中継ぎをしてくれたのが父母なわけです。母などは十月十日の間、苦しみに耐えて、自己の体内でその子を育ててくれていたのでありますので、それだけで充分な恩人なのであります。まあそういう理論ぬきにして、世界を平和にする愛の最初の出発点として、親子の愛情を私たちは大事にしてゆかねばなりません。




s-2014-08-05 010




INFINITE LIFE



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