2014年 世界各国の平和を祈る「八ヶ岳月の国集会」は月に一度、第3火曜日に休むことなく続き、第200回目をむかえた。

集会場所も、西側に増築して作った築200年以上経った蔵を移築した8畳間で1997年に始まり
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1年後には、南に増築した十畳間とアトリエを合わせた2部屋で10年続いた。
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このころは4人の子供も小さくて、妻の雅は参加できずに子供のおもりをしていた。
『神』や五井先生の写真を聖壇に掲げていたのが懐かしい。
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そして、2007年8月より、東に作った20畳間の祈りの部屋
この部屋の始まりはいきなりで、まだ作っている最中にもかかわらず、8月の集会より始めると集会の二日前にエディさん言われて大慌てで何とか聖壇を作ったのを思い出す。
しばらくは「白光」の色紙
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2009年からはお軸に変わり
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2013年からは五井先生直筆の{慈愛』の掛け軸に
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そして今日の集会は
200回記念でエディさんと五井先生にも来ていただきました。
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INFINITE GRATITUDE



まず自分の心の平和から始めよう                                                      
 私が常に考え、実行していることは、まず自己の心の中から戦争になる原因の争いの想いを無くすこと、すべての物事に対する不平不満を無くすことです。国家や世界の在り方に対して種々の意見を持つということは、個人の不平不満とは違いますから、そういう意見や案は大いに持って結構ですが、常に心の中を世界人類の完全平和達成の想いで一杯にしておくことが必要なのです。人間の想念や願いは、いつかは達成されるので、常に多くの人々が、世界人類の完全平和を心で思っていれば、やがてはその想いが達成されるのです。それを最も強く高めあげたのが世界人類が平和でありますようにからはじまる、世界平和の祈りなのであります。
 ただ、祈っていればそれでよいというのではなく、祈りを根底にしての日常生活は、いつの間にか、人々のためにも国家社会のためにもなる行為として動き出しているし、自分の心が、いつの間にか、不平不満や争いの想いを超えた明るい気持ちになっている、という具合に、自己の行動として外に現れてくるのです。祖国愛の気持ちも、人類愛の気持ちも、世界平和の祈りをしているといつの間にか強くなってきて、ただ自己の日常生活だけに追われている人とは全く違った、高い人格的雰囲気を持つようになってくるのです。
 そういう、神との一体化の道こそ、安保問題や再軍備よりも、もっと根底になければならぬ、日本人の心構えであって、いたずらに現象界の社会的動きに、心を惑わせていてはいけないのであります。
 世界が平和でなければいけない、ということは頭ではだれでもわかっているのですが、これを理論としてではなく、実際に作り出してゆくのは、やはり完全平和の本質である、神のみ心と一体になる道に、自分自らが入っていくことが第一です。そして、自分と国家と人類が一つに結び付けてゆくことが必要なのです。国家や人類を離れた、自分という個人がこの世に存在しているのではありません。自己は、人類の一員としての個人であり、日本という国家の一員であって、たった一人の個人としては、生きるすべはないのです。そういうように、この地球界の人間はできているのです。国家も人類も、一人一人の連帯責任において存在しているのであって、国家の運命は政府の責任だけのものではないのです。
 そこで国家の運命は、国民一人一人の心構えにかかっているのでありますから、国民の一人一人は、自らの責任において、国家のゆく道を決めるべきなので、いたずらに右に走り左に走るということは、厳にいましむべきなのであります。           昭和44年6月 五井昌久 



INFINITE PEACE







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