2013.01.04 心の青空
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晴れ渡っている空というものが、誰にとっても快いものであるように、人間の心も晴れ渡り、澄み切っている状態が、一番良い心の状態であることは間違いない。
 ところが、そういう心の状態をつづけられる人は滅多にいないのである。どうして心が晴れ渡り、澄み切っていられないかというと、天候と同じように心の雲が出るからである。
 気候状況の雲のことは、人間には今のところ自由にはならないけれど、心の雲はその人間の努力しだい、生き方しだいで、薄めることも、消し去ることもできるのである。この心の雲のことを、宗教的にいえば、業想念波動というのである。
 この業想念波動の雲は、個人の上にも、人類の上にも、次から次へと現れてくるので、よほど陽気な心か、強い忍耐力がないと、ついその雲をつかんでしまって、心を曇らしてしまい雨を降らしてしまう。しかしどんな業想念波動でも、やはり天候の雲と同じで、現れれば消え去ってしまうのである。
 これを素早く消し去り、あるいは、表面に現れぬうちに消し去ってしまうようにするのには、どうすればよいか、これが問題なのである。

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 それは、雲が表面に出てこようとするとき、つまり怒りや妬みや憎悪や恐怖が現れようとする時、その雲をつかんで、光明世界に急上昇してしまうことが必要なのである。その方法が祈りなのである。そして、それが個人的であっても、人類的にまで広がってゆくのが、世界平和を念願する、世界平和の祈りなのである。これが消えてゆく姿で世界平和の祈りということになるのだ。 
 祈りということは、本心の中に、青空の中に、大光明世界に、神のみ心の中に、急上昇してゆく方法なのである。そういう習慣を常につけておくことが大事なので、常住坐臥、立っていても歩いていても、仕事をしていても寝ていても、いつも祈り言が心の中にある、という状態に心をしておくことが必要なのである。
 いつもそういう心の状態でいると、どんな事態が起こってきても、いかなる自己に不都合な事柄が出てきても、想いがすぐに祈り心に入っていって、本心の光明が現われ、晴れ渡った、澄み切った心になってくるのである。
 祈り心は、神と人とを結ぶ心であり、人類世界を真実の平和世界になしえる唯一の心なのである。

s-コピー ~ 2012-12-27 041




五井昌久「神への郷愁」より 




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