統一とは何か
―五井先生のお話よりー

宗教的に言う統一とは、自己の想念が本心と一つになることをいうのです。
本心とは、真の心、つまり人間内部にある神の心ということでありますから、人間の想念が神の心と一つになつた時が全き統一というのです。常住こうした境地になつていられれば、その人は真実の人間(神人)であって、肉体をもつたまま肉体を超越し得る人となるわけで釈尊のような人になれるわけです。

何のためにするのか?

それは統一によつて、業想念、つまりは欲望の想いを消し去ろうとした、いいかえれば、業想念の世界を解脱せしめるためです。業想念の波動の中で右往左往している限りは、人間は真実の姿を現すことはできないし、永遠の生命を把握することもできません。
 統一とは、要するに、すべての想念を本心(神)の座と一つにすることであって、愛と真と美との正しい行為が日常生活の中において、自然と出来るようになるためなのです。そうでなければ、統一の意味は失われてしまうのです。

私の統一指導法 
 五井先生のお話より

この会の統一は、自力ではなく、神様に全託してしまう他力の統一なのです。
 統一というと、自分の想いで、自分の心を一点に集中することだ、と普通思つていますがそれは私の会の統一ではありません。
 では私の統一方法というのはどうやるか、といいますと、自分のもろもろの想いを神様の中に入れてしまうのです。神様といつても形がないからわからぬ人が多いでしよう。ですから想いを世界平和の祈りの中に入れてしまうのです。
 世界平和の実現は、神様のみ心ですから、この祈りの中には天照大御神もキリストも仏陀も同じように祈つておられるのです。なぜなら、世界人類の平和の願うのは、大神様のみ心の現れだからです。
 この祈りの中に入ると、自分の思いなどというものは、祈り言と共に宇宙大に拡大し、なくなってしまうのです。世界平和の祈りを通して働く、救世の大光明に溶かされて自分の業想念は消滅してしまうのです。
 世界人類が平和でありますように・・・・・・・・
これは今の子供にだつてその意味がわかります。誰にでも、外国人にも翻訳すればわかる共通した、やさしい言葉です。という事はこの祈りはやつぱり神さまのみ心の現れだということです。
 神道ののりとあるいは言霊のアイウエオでは、誰にでもわかるというわけにはいきませんし、念仏にしろ題目にしろそのほかの呪文にしても同じことがいえます。外国人はおろか、日本人にも現代では理解出来難いのです。
 言葉は即ち神なり、神は光であるのですがアイウエオでは、あまり真理が奥すぎてわからないのです。ですから統一しにくいのです。
 楽な気持で、ねむってしまってもいいつもりで、フワ―と世界平和の祈りの中に入つて下さい。
 自分で統一しよう、空になろう雑念を消そうと思わなくていいのです。そう想うとかえつて統一が遅れてしまいます。統一させてくれるのは守護霊守護神です。雑念を払ってくれるのも守護霊守護神です。ですから楽な姿勢で坐つていて下さい。あとは私が引受けます。≪統一会でのお話≫







世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます


五井先生がなくなり31年、この統一会の話は半世紀以上昔のことであるが、今でも全く変わらず五井先生の柏手のもと統一をしている。
あれやこれや3次元世界の雑事が消え、世界平和の祈りの世界にスーッと入っていくことができる。



無限なる感謝






Secret

TrackBackURL
→http://tukinonini.blog33.fc2.com/tb.php/1170-894b5e65