2011.09.15 平和な暮らし
猫をみていると最近はさかりもなくひたすら寝ている。夕方少し外に出てきて「散歩に行くなら行ってもいいけど」と言ってくるが、行かなくても全然いいみたいで、また草の上で寝ている。
もう少しのんびりとしたらと猫達にいつも言われるが、人間は毎日いろいろとやることがあるのだ。子供たちは毎日学校へ、妻は美術館へ出かけてゆく。自由にすればいいと思うがそうはいかない。私も家にいて、あちこちの場で仕事をこなしているが、人が来たり、電話が来たり、荷物が来たりと、一人で家にいてもいろいろな人に出会う。
その都度、今やっていた仕事は何だったか忘れてしまいそうになる。
今日などは、午前中、絵を描いていたのだが、荷物が来たので、玄関に出たら、亀にご飯をあげようと外に行くと、ぎらぎら太陽、そうだ湿気ていたので祈りの部屋のござを乾そうと外に出す。すると敷いてあったところの床が白くカビていて、これはよわったと、雑きんがけが始まり、ソファーの下を見るとここもカビていて、これは大変だとソファーをどかし掃除したものの、このソファーもどかしてしまえばいいのだと、2階に持っていく。しかし2階を片付けないと2つは置けないことがわかり、2階を片づけ、終わってみればクタクタで2時間が経っていた。1時過ぎに食事をし、また絵を描きだしたものの、今度はお客さんが来たので中止、アクセサリーを買ってもらって帰ると、壊れたイヤリングの直しが始まり、できかけのピアスも3つ完成させて、西日が射してきて暑くなってきたところで、そうだ絵を描いていたのだと4時過ぎ筆をもつが光の加減が違うとやめてしまう。昨日はこの時間絵を描いていたのに今日は気分が違うと言っている自分がいる。外に出ると猫が2匹、日陰で寝ていて「仕事ははかどりましたか」という目で見てくる。「やろうと思っていたことではないけれどいろいろできたよ」と言うと「じゃあそろそろ遊びましょう」と言ってくる。
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毎夜、次の日にやるべきことを考え作るべきものを考える。家づくりや他人事、頼まれ物の時などはいいが、自由に自分の好きなものを作れる日は、なにかと思うようにはできないことが多い。

今日の一番は何と言っても息子からの電話だ。北海道に上陸した息子から「今から札幌を出る」からはじまり「今滝川にいる。」「今ルモイに着いた。」「ヘッドランプが切れた。」「雨が降り出した。」「修理にまた滝川に戻る。」と10回くらい電話で話す。そのたびに私も北海道にいるような気分になって、思わず、グーグルアースで今いる息子の場所を上空から眺めたりしていた。
汽車で4回、ヒッチハイクで5回、バイクで4回、車で20回、北海道に行っている。
そのうち20回は道東、道南、道北をまわっているのだから北海道に惚れてしまっている人間であることは間違いない。それもアイヌの聖地に行くことが何よりもの楽しみなのだから我が人生不思議で仕方ない。
そして息子などは、生まれた年からずっと親の私たちと北海道を旅しているのだから私より縁があるのかもしれない。今一人バイクで旅をしながらリアルタイムで電話してきてくれるのだから私の気持ちは北海道に飛んでしまうのも当然かもしれない。

コピー ~ 2011-09-15 015

縄文の平和な生き方はまさにアイヌの生き方そのもの。そこにはカムイ(神)の存在がはっきりとある。
今我が家にやってきたニポポ達も平和な暮らしとカムイのことを私に訴えてきているようである。


INFINITE AYINU


INFINITE PEACE



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