2017.02.05 雨の聖地
富士へ
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朝はまだ太陽も出ていたが
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朝霧に着くころには富士は隠れ太陽も雲の向う
行事が始まるとみぞれから雨となって
1時過ぎまで冷たき小雨が降り続いた。


野外会場は、ここに集まる人たちと同調して天候も晴れたり曇ったり、雨だったり雪だったりと面白いものである。始まる前までは曇り空で、はじまったと同時に私の頭上に一粒の雨粒が落ちてきたのを感じて、10分の統一が終わり、世界各国の祈りになる時に雪が降り出し、多くの人が合羽を着だして、というかもうほとんどの人が合羽を着ていて、私もすぐに着て、それから2時間ずっとみぞれ交じりの小雨の中、まんじりともせず行事が進行していく。
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この冷たき雨が、素手に流れて湯気となってゆく。私の体は燃えていて寒さは感じなかったけれど、2017年始まりの究極の光を降す行事が冷たい雨であることが不思議と素直に受け入れられた。
一人一人が意識をどこまでも高めてくことがすべてであり、光を地上に降ろすことも、一人一人が降ろす時に至っているのである。
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そして、今日のこの雨の一番の原因は、ここ聖地に樹林葬のできるところを作るというアンケートが,始まりの前に渡されたことではないのだろうか。2000年ごろに幽界が消えたと宣言していたはずなのだが、まだまだ闇の底からしみだしてくるものがあるようで、そして未だにみたましろをお祭りしているのだからあっていいのかもしれないが、私には必要ないもののように思っている。何よりも、樹林葬というものの意義とそのきちんとした説明もないまま作ることはほぼ決まっているのであるから、いまさら聞いて何になるのだろう。アンケートの意味が分からないまま今日の行事に入り、結局その説明もないまま終わってしまったのは何とも歯がゆく、
いつかこの富士聖地がたくさんのみたまの抜け殻が播かれ白光霊園となり、森となって残っていくということなのかもしれないと・・・・・すべては変化変滅の中の出来事でありそれはそれでよく、
やはり2017年、一番重要なこととは、聖地がどうなろうとも一人一人の意識がどこまでも高く調和したものとなってゆけばいいということなのである。

INFINITE FREEDOM







世界人類が平和でありますように