2011.02.01 赤松の木
薪材として皆33CMに玉切りされている赤松の木を積んだ。
予定していた料の倍近くあって息子と2人で4時間かかりへとへとになった。
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長さ7m、高さ1,2m、3列に積んだ。結構な量だった。
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我が家の薪にしていいと言われているが、これだけ運んで切って玉切りにしたのだからそのあるじが何とか使ってもらえればと思っている。
しかし、その家には燃やす手段がない。
昔々はこのあたりでは皆薪で暮らしていたが電気や石油、ガスに代わるともう薪で苦労した時のことを思い出したくないのか夫婦の意見が合わないのか薪にはならないらしい。
我が家のように薪の暖房と、そしてお風呂も五右衛門というのは本当に少数派なのだ。
お風呂が薪になれば松は非常にいいと思うが、石油やガスでお風呂を使っている人に薪も使えるボイラーにした風呂がいいと言ってもそれは経済的なところだけで、手間を考えるとなかなか難しい。

ただ、木の燃える炎を見ていると心が落ち着き癒されることを思い出してもらえればと思っている。

私たちがこの部落に引っ越してきたころにはまだ煙突のある家が結構あった。ほとんどがお風呂の煙突で夕方になるとその煙の臭いがしてきたものだ。我が家もその一員に加わることができうれしく思っていたのに、今では我が家しか煙が上がらなくなってしまっている。
いつの間にかかやぶき屋根の家もすっかり消え、煙ある暮らしも消えてしまって、昔ながらの木のある暮らしをしている人がほとんどいなくなってしまったようだ。

里山の暮らしというと木とともにある暮らしであり、この八ヶ岳の木と云えば赤松ではないかと思っている。
赤松が松枯れという病気でいたるところで伐られている今、何としても松を大切に思う気持ちで生きていきたいと思っている。
そして、この山里の恩恵にあずかる生き方を少しでも実践していきたいと思っている。

INFINITE AKAMATU



2011-02-02 012

陽が沈み
そして陽は昇る
変わらない
毎日の営み
地球は地軸を傾け回っている
一年かけて太陽をまわっている

無限の時間
真理の法則
神の働き

無限回転
無限の創造
無限の調和
無限の光

無限世界への入り口は
陽が昇る時
陽が沈む時
風が吹き
戸が開く

感謝と祈りで
戸が開く


究極の力
宇宙のエナジーが
完璧な力
完璧な光が
降り注ぐ

平凡な暮らし
平安な自由の中で




無限なる平凡
無限なる自由


2011.02.03 東京の空
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東京の空

人工物ばかりの東京も
上に無限の空(そら)
無限なる空(くう)

にぎわう繁華街
網の目の道
悠然と
白雲流れ
ビルの谷間を
照らす
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ブルースカイのその先に

無限なる宇宙
空間
ひろがる

無限なる響き
波動
ひろがる

無限なる自由
いまここに
ひろがる

地球あまねく
ひろがる
無限世界

いまここにある


INFINITE EARTH 



吉祥寺
Tシャツで充分な日和
泥だらけ
埃だらけで
子供たちと
汗流す
どこにいても同じことをしていると子供に言われた。


そして夜
新月の節分
実家で豆まきしてきた。



INFINITE PEACE





立春
2011-02-05 002

季節が変わる
山から吹き下りる冷たい風
降り注ぐ陽光に暖まりはしないが
陽だまりの土手の香りを運んでくる
溶けだした土の香り
目覚める種たち球根たち
土が動き
水が流れる
上へのエネルギーが動き出す
木の目覚め
木の呼吸
深く深く
ゆっくりと動き出す
立春
それぞれの目覚めの光が降りそそぐ




INFINITE LOVE






2011.02.05 額づくり
ガラス絵の魚の女(ひと)を入れる細長い額を作っている。
3mの長い額の材があるのだが、それを使って額を作るには45度で切ってそれをあわせて四角い額にする。それは木工家ならきちんと道具をつかえば出来ることと思うが、どうしても私には出来ない。何回やっても45度が切れないし同じ長さのモノを作れないのである。
今日は、それがうまくいって4辺がきちんとそろい4角の額ができた。これは私にとってはおめでたいことである。
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極寒の2月によくやるものだ。
初めてのイベントということで結構人が繰り出していた。
駐車場から10分登った森のゴルフ場の中。着くとすぐに始まった。ショーは20分。音とレーザー、そして煙の臭い。
ただじっと見つづける。20分の光のショー、好きな世界・・・・今一つ盛り上がるところなくあっという間に終わってしまった。
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INFINITE LIGHT




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一番寒い2月の野外行事のはずが吹きぬける風が南からだったのでそれだけでうれしく、暖かさまで感じられた。

今、エジプトで起こっている革命そして中東で起こっていること。イスラム社会の平和と世界の調和へ向けて真剣に祈る。
ただそのためだけに今日はここにいた。

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私の担当した国。
2007年の2月にも担当した2度目のソマリア。
193ある国旗の中で同じ国を担当するということはよほど縁がある国。
だがしかし現在のソマリアは無政府の状態で、国旗が無く白旗。相当に厳しく貧困と暴力が渦巻いている。海賊の国としても有名だ。このイスラム教の国がいち早く平和で調和した国になりますように、天命が完うされますように 心をこめ意識を集中した。
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INFINITE PEACE






2011.02.07 これで十分
今日はサカキナナオの詩が沁みる

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これで十分


足 に 土

手 に 斧

目 に 花

耳 に 鳥

鼻 に 茸

口 に ほほえみ

胸 に 歌

肌 に 汗

心 に 風






これで十分









2011.02.08 ルナと一日
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私のそばに来ては
のんびり日向ぼっこでもしようと誘う
そんなに作らないで
今日はぼけーっと過ごそうよ
まったく働き過ぎはよくないよ
これからは健康第一
だから少し昼寝でもしよう

そういわれペースを落として
作って
夕方になる

他の猫達も外に来て
まだやっているの
もうおしまいにしたほうがいいよ
少し歩いたほうがいいんじゃない
散歩行こうよ
それにしても日がのびてきたね
まだやってるなら待ってるね
でもあと10分でやめてね
・・・・・・猫達が周りに3匹座っている
わかったよやめるよ
と薪割をおしまいにする。

家の周りをひと回り
猫と散歩
のどかな風景、
煙突の煙
静かな夕暮れ陽が沈む
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風呂につかっていると
戸のむこうで鳴いている
早くご飯が食べたいと鳴いている
一緒に風呂に入ろうと誘うが濡れると後が面倒だと言われて入ってくれない

猫が
風呂好きならいいのにといつもおもう



この自由気ままな猫にかこまれた暮らしは最高に幸せなのであります。


INFINITE HAPPINESS





2011.02.09 雪の朝
雨だれが聞こえる朝
外は雪景色
木に積もった雪が朝日を浴びてとけていく

木の下はまるで雨が降っているように雪が融けている


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昼を待たずに10時ころにはすっかり消えてしまった。
この消えてゆくときの白き世界は美しい。
晴れたり曇ったりを繰り返し、
北風に雪が舞ったが、夕暮れの太陽が雲をみんな吹き飛ばしてしまった。

INFINITE LIGHT











毎日薪を作っている時に同時進行で出来てくる
木の枝をひたすらスライスしていく
今日は丸ノコのチップソーの刃を替えたので切るのも軽い。
イチイ、りょうぶ、檜、桑、ハンノキ、楢、クヌギ、桜・・・・・・
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どんどんスライス
そして出来てくる
今日はイチイとリョウブと檜
ボタンとビーズとタグオーナメント、プレート
みんな輪切りのスライス
木の枝
燃やせば薪
薄くスライスするといろいろなものに変わる


INFINITE ABILITY


2011.02.11 雪の宝石
建国の日
天から白き宝石が舞い降りた。

すべての雪がはっきりと肉眼でわかるほど大きな結晶
いくつかがまとまって降ってくる
落ちるとばらばらに飛び散り
ほとんどはどこかが壊てしまうがうまく着地したものがあった
美しき六角の結晶
水の惑星の記号

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丸ノコの刃が4mmである 


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INFINITE BEAUTY



2011-02-12 01311

純白  


暁の祈りを終えてふと庭をみる
いつ降りだしたか庭は純白雪化粧
天の花地に舞い踊り四囲(あたり)を照す 
世界に動乱のきざしがあろうとも
人類の欲望が渦巻き狂おうとも
雪は純白の膚で地上を包む
純白は天の奥深い心
人間の本心のひびき
純白が輝きわたると白光となり
さまざまな光の源となる

雪が降る  雪が降る
その純白の羽衣は木々を飾り
人の心から天地の境を忘れさせようとする
人は雪の純白を好む
穢れ無きその色に融けて人の心は自らの故郷に帰える
音もなく静かにひそやかに雪が降る
降り積もってゆく雪の姿は
天地の光明のように
やがて訪れる地上天国の前ぶれのように
あらゆる汚れを清めさせる・・・・・・

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世界人類が平和でありますように




2011.02.13 氷の世界
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晴れわたり
雪融ける
あちこちに透明なつららが伸び
そこから水滴り
大地に消えてゆく
たんたんと
何事もなかったかのように
すべてはながれてゆく

雪だるまも陽にあたり硬くなり少し小さくなった
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時の流れのなかで
水は変化し流れてゆく
そして文明文化も流れ変化してゆく

変わらない世界
変わらぬ生き方
輪廻の世界からの解脱

真理の世界へ




INFINITE FREEDOM



2011.02.14 大雪
夕方から雪が降り出した
そして夜10時すでに25cm積もっている。
風がなく深々と降り積もってゆく。
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このままでは車が動けなくなると雪を押しのけ道に出る。道と云っても1台の車が通った跡が残るもののそのわだちも消えかけている。雪を押しのけて家の前の道を走った。
去年の大雪の時、雪が多すぎて前に進むことが出来なかったので今のうちに車で走っておく。降り続くようならまた1回走らないといけない。
すでに高校は休校、小学校は2時間遅れに決まった。
明日は第3火曜日、月の国集会である。果たしてみんなここまで来れるだろうか。明日は朝から雪かきだ。
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INFINITE POWER



2011.02.15 月の国集会

夜中には雪はやんでくれてまぶしい朝日の中、雪かきから今日は始まった。
車7,8台分の駐車スペースと歩く道を作る。
ブルースカイと白銀の光の世界、雪かきは疲れるが楽しい。
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集まった人たちとともにいつものように12時から世界平和のためそして真の自由のために祈りが行われた。

そして今日は3人に呼吸法の人類即神也の印の伝授も行われた。





五井先生の著書「霊性の開発」より



自己の欲から来る自由と真の自由


人間はいつの世でも、自己の自由を欲し、自己の想うままにこの世の生活を送ってゆきたいと望んでいます。
それは外面的の束縛からの自由と、内面的執着心からの自由の二つであるのですが、普通の人は、自由ということを、外面的の束縛がなく、自己の欲求の通りに事物を動かし得ることにのみ置いて、内面的の自由ということには想いを致さないのです。
このような考え方が、昔からずつと続いてきていて、この自由が充たぬと、諦めの心境に自己を追いこんでいたものであり、終戦後の日本では、自由主義という 言葉に勢いを得た人達が、自己の欲望からくる外面的自由を得る為に、他人の自由や、人間の内面的尊厳性を打ち破ってしまい、自己の想念を、自我的欲望にますます執着させ、助長させる結果をひき起して、社会秩序を乱し、人間の神性(真の自由性)を地下にひきずり落してしまうことになったのです。
これこそ自由というものの本質や真実を知らぬ無智なる行為なのであり、人類にとって、恐るべき誤謬(ごびゅう)なのであります。
たとえ、外面的に何等自己を制圧する束縛がなくなりましょうとも、それで自己が自由を得たということも、自由自在である、ということも出来得ないのであり、いい得ないのであります。
ですから、現在の資本主義制度が悪く、社会主義制度や、共産主義制度こそ、人間を自由にし得るものだ、とどのような人が叫び、どのような国が宣伝しようと も、そうした人間の外面的制度の変革だけで、人間が真の自由を得、真実の幸福生活に入れるなどとは、とても想うことは出来ません。
どのような主義制度も、それが外面的な動きの中でのみの自由観であり、幸福観であるならば、それは真の自由を人間に与えることは永久に出来得ないのです。 何故ならば、それは常に形の世界からもたらされる自由観であり、幸福観であって、内面の心、本心から湧き出でてくる自由でもなければ、幸福でもないからで す。
外面の世界から与えられたるもの、それは常に変化し、流動してゆくものなのです。外面の世界の指揮を取っている者が、肉体的欲望をもち、五感的喜怒哀楽の 中に生活している者であり、その周囲の者、また下部組織の者達のいずれもが、やはり、そうした感情生活の中で息吹いている者たちである限り、その人たちの 日常の感情の動きが、その社会政策、政治政策に必ず変化として現われ、その変化にともなって、その変化を蒙る範囲の人たちは、その自由性を、外部から動かされることになるのです。それはその当人たちの否応なしに行なわれるに決っているのです。いちいちその当人たちの意見を訊いていては、如何なる政策の遂行も出来なくなるからです。
結局、政策を指揮し実行し得る少数の幹部だけが、外面的な自由を得るわけで、他の人民大衆は、その人たちの為に常に自由を抑圧されつづけてゆかなければならないのです。そして、その幹部たちの自由さえも、いつ迄続か、いつ破れるかも知れぬ、危い外面的自由であり、その自由を保持する為に、その人たちの内面の想念は、本心の明るさ、光明を蔽い隠した画策、謀略であって、一日として、心の休まるいとまとてもないものなのです。
これは、この人たちも、それに連らなる人民大衆も、自己の欲望たとえそれが国家的、人類的であっても、そうした外面的、現象的な形の世界から得る自由や幸福のみに重点を置いているのであり、常にうつり変わる業的想念の流れを把えていての政策であり、行為なのですから、安定し得ることは絶対にないのです。こう考えてまいりますと、真の自由とか、幸福とかいうものは、どのような外面的政策からも得られぬものであって、自己の内部の本心からのみ湧出してくるものであり、獲得出来得るものである、ということになってくるのです。

“人間とは何か”を解決すること


ここ迄来ますと、私がいつも話しているように、人間とは何か、自己とは一体何なのか、の問題をまず解決しなければならなくなってくるのです。それを知らなければ、到底真の自由を得ることは出来ないし、自由自在に自己の心を動かし得ることは出来ないのです。
いつも申しますように、人間とは肉体でもなければ、想念(おもい)でもありません。肉体とは人間の器でカルマあり場所でありますし、想念とは人間の発した光波の流れであり、もう一方では業(カルマ)の波の流れでもあるわけです。
この肉体的執着欲望、業(カルマ)的想念の波動が、本心を蔽っている以上は、人間が、真の人間、神性を開発して自由自在な心境になることは出来ないのです。
人間は瞬時といえど、絶対者神と一緒でない時はないのです。唯一絶対なるもの、神、大生命、その光明の流れにつながっていない人間という者は一人もいないのです。
その大生命の中に、智恵も富も力も、すべてがあるのです。その智恵に力に富につながっていながら、それを知らず、あるいは頭脳で知っていても信仰せず、信行せず、他の世界から、智恵を富を力を得ようとして狂奔しているのが現在の人間世界の姿なのです。
宇宙絶対者(神)の世界以外に他の世界が、一体どこに在るというのでしょう。神の世界から離れた想念を迷いといい無明といい、業(カルマ)というのです。 そうした業的想念は、肉体界に人間が天降つてきて(天降ってという意味は、真実に天降ったということ、つまり地球以外の他の天体から霊体が、天降ってきて、その波動を緩慢にして幽体を造り、肉体を造って地球界に住みついたものなのです)そうして、肉体界に住みなれ、自己の本住の地である天界を次第に忘れ去るに従って生じ、肉体界だけの力で、自分たちの智恵や富や力を獲得しようとしはじめたのです。
このようた想念が、現代迄つづいていて、現代では、人間世界は肉体以外にはないのだ、ということが常識のようになってしまったのです。
そして、そうした考えを根抵にして、すべての政治政策を行ない、社会生活をやっているのですから、いつ迄たっても真の平和も、幸福な世界も出来上りっこはないのです。

自分も他人も本心では一体


業生の想念の中で、いくらどのような智恵を働かせようと、外的生活だけ整って、至極便利になっては来ても、真実の幸福生活、真の調和の世界へは手がとどきそうもないのです。
業生の想念は、どのような時も肉体生活に自己を限定していて、その生活の幸福だけを求めているのですから、お互いが、お互いの肉体生活の幸福の為に、他から自己を護り、自己の為に他を抑えるような結果になってしまって、自他一体の幸福生活にはなり得ないのです。相対的な考え方は、いつ迄たっても一体にはならないのです。
一体になる為には、一度肉体的自己という想念を捨てて、生命としての自分、大生命につながっている自分という者に考えを致さなければならないのです。
自分と他とが別々であって、自分と他人の利害が相反していて、一体になりようもなく、共に喜びを分けあえよう道理もありません。
個人的にいっても国家関係からいっても、同じことなのです。そうした業生的観念をぬけ切らぬうちは、文明がどこ迄進んでゆきましても、真の平和、真の調和は望めないと私は思っているのです。
一つの家庭を例にとっても、親と子、夫と妻、兄弟姉妹、これらの関係も、肉体的に別々に分れていて、別人であります。この人達が調和し相援けて生活してい る場合は、同じ血を分けあっているとか、同じ家に住んで共通の利害をもつとかいう理由が、殊更それといい合わなくとも通じ合っている時であり、逆に争い憎 み合う場合は、肉体的個別感情の利害によって、その争いや憎悪が生じてくるのです。私達は一つなのであるという感情から、私達は別々なのだ、個人個人なのだ、という感情に変化した時に、この家庭の調和が破れ、お互いがお互いの利益の中に、感情の中に相手をひきこもうとして口論し、相手が、自己の利益の中 に、あるいは感情の中に入って来ない、同化して来ないと、相手を憎んだり、恨んだりするのであります。
このような、相手と自分とが別個のものであるという、誤った個人主義、いわゆる利己主義が、人間の心の中にある以上は、人間生活は常に波立ち騒ぎつづけなければなりません。
こうした感情は、真実の人間を知らず、神の愛を知らぬところから起ってくるので、このような人たちにとっては、自由自在心などは現われようがないのです。
自由自在心とは、真に人間の本体を知り、自己の想念を常に本心(神)の側に置いて、業生的想念の幸、不幸、利害得失を、過去からの誤まてる想念の影、無明 の消えゆく姿として、その波の流れに把われず、掴んでも、直ちに放して本心と一つになれる想念の所有者によってはじめて発現され得るのです。

宗教と科学の使命


人間が固定し、限定された肉体である、ということや、物質が一定に固っている物体そのものであるという考えは、もうすでに過去の古い考えであります。
近代は原子力が実際の力として使われはじめている時代なのであって、人間の肉体は勿論、すべての物体は、肉眼では見えぬ極く微小な原子の寄り集ったものであり、その原子も、原子核を中心にして(原子核の中には陽子がある)その周囲を幾つかの電子が回転しており、その他中性子だとか、中間子だとか、まだ発見 されぬ微粒子がたくさんあって、それらの働きによって成り立っているといわれているのです。しかもその微粒子が何故こうして働いているか、なんの力によって動いているのか、ということはまだわかっていないのです。
理博の湯川秀樹氏は、"そのほかにわれわれにとって正体のわからないものがたくさん見つかっている。われわれが生きているこの世界の正体、本質については、まだほとんどわれわれは知らないのだ。何もかもわかったものとして片づけていこうというのは安易な態度だと読売新聞の座談会でいっております。真実の科学者という者は、実に正当な考えを述べるものです。わからぬものはわからぬとして、そのわからぬところからまた先へ先へと理論実験を進めてゆくので す。これが立派な科学者の態度であります。
ところが不真面目な学者や、一部のインテリゲンチャーは、科学科学と口ではいいながら、その態度は、まるで科学性をもたず、自己の知識経験の範囲を超えた事柄を、すべて、そんなものはない、とか、それは迷信さ、とかいって嘲笑しさる悪癖をもっているのです。
科学というのは、現われた世界を学問の力と機械器具の力とで追究してゆき人間世界の根本、宇宙構造の根源を探りあてようとしてゆくもので、大なり小なり、 その目的への歩みなのであり、あく迄形の世界から無といわれ空といわれる世界の秘密を神秘化せずに探究してゆくのであります。
ですから科学は幾多の学問体系の積み重ねによって、突き進んでゆくのであります。
科学は人類の文明文化の進歩にとって重大なる鍵を握るものであるのです。しかし、それは今日のところでは、まだ外観の世界、物質といわれているところの世界だけの進化にとどまっていて、人間内部の世界、心の世界の進化とか開発にはあまり役立ってはいないのです。そこで、その方の開発進化の役目を宗教者が受け持っていて、一に心、二に心と、心の安定、心の探究に努めているわけなのです。
宗教者は、科学者が、形の世界を機械器具の力を借りて探究してゆくのとは反対に、肉眼に見えず、手に触れぬ心というものに直接的にぶつかってゆく研究をしてゆくもので、形の世界、肉体の世界を一度思考の外にして、自己の想念を本心、つまり神仏、いのちの本源に集中させてゆく方法を取っているのです。
いいかえれば、はじめから神秘力、絶対力、宇宙を動かす叡智というものの存在を信じてかかって、その神秘力、絶対力、叡智にむかって、自己の想念を集中し、その叡智絶対力、神仏と一つになろうと修業するわけなのです。
叡智絶対力、つまり神仏と一体になれば、宇宙の不思議、人類の神秘がはっきりわかってくるのは必然となるのです。何故ならば、宇宙の創造主、絶対者は、すべての生みの親なのでありますから、すべての生みの子の状態がわからぬ筈がないからです。
釈尊やキリストはこの状態に一番近づいた人たちであったと思われます。この状態を自由自在心というわけです。

我欲を去れば本心は輝く


人間が、自己欲の想念から離れ去れば、自然と本心が 表面の生活状態、言語動作に現われてくるのであります。本心は神の座にある、神の光明であるのですから、その人の生活状態、言語動作は光り輝いてくるのです。しかしこの光といい、光明といっても、物質的光や光明と範疇を異(こと)にしているのですから、一般の人たちに、ああまぶしい、とか、輝やかしい、とかはっきりわかるわけではありませんが、なんとはなく、明るく柔かく、温かい状態が感じられることと思うのです。
そうした状態に近づくに従って、その人の人格的雰囲気から、澄みきったもの、清らかなもの、明るいもの、快いものを会う人たちに感じさせるようになるのです。
自己欲望の想念を離れるということを逆にいえば、他の為を想い、他の為に働く、国家杜会の為を想い、国家社会の為に働く、人類の為を想い、人類の為に働 く、短くいえば、愛一元に働く、ということになるのです。本心が表面に現われているということは、神がその場に現われているということになります。神はす べてのすべてであり、愛でありますから、神の心が動けば、その人が愛の想念、愛の行為で働いているということになるのです。
その人が、自己欲望の想念からより多く離れているだけ、その人は把われ少なく、自由自在心を現わしているということになるのです。
そうした人を霊眼で観れば、光り輝いて観えるのであります。
霊眼者とか霊能者とかいうのは、どういうことかといいますと、科学者が機械器具で原子を探りあてたと同じように、自己の特異な体質を元に、肉体波動より微 妙な霊波動をキャッチ出来る人をいうのです。元来人間の想念というものは肉眼には見えませんが、各種の波状を画いて、その人の周囲から流れ出ているもの で、その人の長い間(過去世からの)の想念の集積が、その人の雰囲気となって他に伝わり、あるいは様々な環境や運命を創り出しているものなのです。そうした雰囲気が霊眼者には、光と観えたり、黒雲のように観えたりするのです。

不幸災難は過去世からの業の消えてゆく姿



ですから、そうした想念の波動を観れば、その人がどの程度の魂的高さをもっているか常にどのような行為をしているかがわかるのです。常日頃から愛念で生きている人の魂は光を放っています。愛が深いということは本心が顕われている証拠であり、神の心の働いている証(あかし)であるのです。人格の高さ低さ、立派であるか立派でないかは、その人の想念の波を観れば判然とするのですが、いまだにそれを見分ける機械は出来ていませんので、霊能的一部の人にしかそれがわからないのです。
しかし、他人の想念のことはひとまず置いて、自分たちが立派な人格になり正しい運命を創り出すことに最大の重点を置かなければなりません。それには、一にも二にも自己の想念を神 の世界、光の側、愛の世界、おもいやりの側に置かなければなりません。人を陥れ、人を憎み、人を傷つける想いを出し、その想いを実行して、一時は自己の立場が優位に立ったように見えたり、気晴ししたように思えたりしましょうとも、それらの想念は神を離れた想念、光を離れた想念なのですから、自己の周囲に黒雲を呼び起し、暗い波動で、自己の内部の魂の光を包んでしまいます。内部の光がそれだけ蔽われて、真実の幸福、真実の自由からそれだけ遠ざかったことにな るのです。
そしてそうした黒雲がその人の周囲を一杯に蔽うと、自然にその黒雲(悪想念の波動)が壊われて、その人の運命が急激に悪化し、不幸災難が巻き起されるのです。その時その人は悶え苦しんで、意識的無意識的にかかわらず、今迄の行為を反省するのです。
これは今生だけの想念行為でなく、過去の世からの想念行為によるのですから、現在は自分が悪い想いや行為をしていたいとしても、不幸災難は現われることがあるのです。いいかえれば、不幸災難が現われた場合は、必ずその人の過去からの想念行為の誤りがそうした出来事に現われて消え去ってゆく時なのです。そして、その業(悪想念行為)が消えてゆく時こそ一番大事な運命開発の時なのです。それを知らないと、そうした時に、天を恨み、人をそしり、自己の不運を嘆き 悲しんで、勇気を失ってゆくのです。

善にも悪にも執着してはいけません



人間が常に善き運命の下に、明るく勇気強く生きる為には、神の存在を信じ、神の愛なることを信ずると共に、不幸災難は過去の借財返済であることを確く信じ、それが消え去れば必ず、神の愛、神の力が自己に顕われてくることを信ずることなのです。
自分が悪かった、と思ったら、瞬間的に思うだけでよいので、いつ迄も自分が悪かった、悪かったとくどくど思う必要はありません。悪かったから出て消えたので、もう誤っていた自己の想念行為(業)は消え去っているのです。そこで想念を立ち直らせて、神様(守護の神霊)にしっかりつかまり、どうぞ自己の天命を 完うせしめえ、と祈りつつ真っ直ぐに生活をつづけてゆけば必ずその人には善い運命が開かれるのです。
あまり自分を悪がっていると、勇気が消滅してしまい、折角輝き出そうとしている光明をじめじめと蔽ってしまうことになり、把われの想念になってしまうのです。善にも悪にも執着してはいけません。本来は、自己は無いのです。悪いも善いも、それは、神の真実の姿を、この地上世界に現わそうとする光と影の交差で あって、善と把われ、悪と把われるその想念が、生命の流れを阻止し、ためらわせて業となり、神の世界創設を遅れさせてしまうのです。
相対的なこの世界、形の上のこの世界の善悪共にやがては消え去ってゆく姿であり、その消え去った後に、善悪相対を超えた、お互いに善意だけに生きる光の世界、神の世界が現われてくるのです。
そこで私は、極力把われを放つことを人々に教えているのです。

はじめ人間は皆神の中にあった


太初(はじめ)に言(ことば)<道>ありき、言(こ とば)はすなわち神なりき、と聖書にあるように、太初はみんな神様の中にあったのです。それが、肉体世界が出来て以来、神様の世界と肉体の世界とを全く別 のものとして観たり、神様の世界というものを全然考えず、肉体世界だけを実在と誤って考えてしまった無智無明の想念が、今日の人類の不幸となってしまったことを、人間はもっと落ちついて考えて見なければなりません。
釈尊はそれを悟られたので、この世界はすべて空(くう)なのだと、一度この現象世界、現れの世界を否定してしまって、それに附属している各種の想念、欲望をも一切断ち切ることを教えたのです。
人間が今迄、自分だと思っていたのは、習慣的想念なのです。自分が生命だと思っていたものは、肉体という器(うつわ)内に限定していたものであって、生命の本体ではないのです。海は波そのものではないのです。波だけをみて、これが海だといったらおかしなものです。波は想念であり、海は生命なのです。
人間の生命を肉体だけに限定して考える誤り、想念を把えて心である、とする誤り、この誤謬を一日も早く改めなければ、人間世界を真実の世界にすることは出 来ません。人間よ、想念を静めて本心をみつめよ、ひたすら神(守護霊、守護神)を呼びつづけ、本心開発の加護を願え、さすれば、その人は自由自在心を得ん、と私はいいたいのです。
守護霊は貴方の頭の上に、守護神はそのまた上に、貴方の本心開発の為に、真剣になって過去世からの貴方の誤った想念行為の波動を、光の波で浄めつづけているのです。
守護霊守護神に感謝しつづけていれば、必ずその神霊の存在が、貴方に感得出来るようになるでしよう。




INFINITE FREEDOM
2011.02.16 猫と散歩
4時、雄ルナとゼロは日当たりの良いベランダで寝ていて、雌のテトとミカンは2階のベットで寝ていたが、呼ぶと外に出てきた。
出てきてしまったので散歩に行こうとみんなを誘った。
行きたくなさそうなルナも仕方なさそうについてくる。
はじめは雪の上を埋まりながらも楽しげに歩いていたが
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寒い冷たいと言って無理矢理気味に雪のないところを歩くが、川に落ちそうになっていた。
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道に出るとアスファルトが温かいので寝転んでくつろいでいる。
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ひと休みし
陽も森に隠れてきたので引き返す。
違うルートで帰ると、雪道は嫌だとキジのルナとみかんは道を引き返していき、テトとゼロは私の後を必死で付いてきた。
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水路で仲良く合流して散歩はおしまい。
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家に帰りおやつを食べて、ストーブの前で寝てしまった。
可愛いものだ。
私も眠くなって少し寝た。

INFINITE 
HAPPINESS




2011.02.17 小さなボタン
INFINITE CAT


一cmにみたない小さなボタン
けやきのボタン
同じように作っても
ぜんぶちがうよ
こまったな

真ん中に穴2つ
これでボタンの出来上がり
たくさんできて
猫になる
こんなかんじでまあいいか

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今日は父と次女の誕生日、家族の中で同じ誕生日というのは珍しくそしておめでたい。
二人合わせて105歳だ。




INFINITE HAPPINESS 




朝、雨、風の中に富士に笠雲
コピー ~ 2011-02-18 003のコピー
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東京へ向かう
東京は春一番のような風が吹いていた。
実家のキッチンとリビングの段差をなくすための工事をする。戸のレール板を解体
そこに新しい床板を張る。段差がなくなり母も父も喜んでくれた。
夜まぶしいくらいの月照らすなか12時過ぎに八ヶ岳に帰りついた。

月明かりの下で何もかもが昼間のよう
雪明かりもあって森のなかまでよく見える

月自身が輝いているわけではなく、太陽の光を浴びて明るく輝いているのだけれど
今日の月は
手をかざせば暖かさも感じる
夜の太陽そのもの
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tukiakari.jpg


INFⅠNITE MOON
INFINITE GRATITUDE
2011-02-18 02112211のコピー
シャッタースピードを変えて2枚の月を合わせたもので、どちらも今宵の月です。

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月さんに無限なる感謝






2011.02.19 道具
チェンソー
昨日の雨が雪をすっかり融かしてしまった。当分は雪に埋もれできないと思っていたのがうそのようだ。
春の気配すら感じる今日の日より、水仙の球根の上にある木を片づけようとチェンソーで玉切りを始めた。
ところがチェンソーの調子が悪く吹きあがらない。刃は切れるのに太いと止まってしまう。アイドリングもきかなくなってキャブの調整をするが駄目であった。あと私に出来ることといえばプラグ交換だけだが、それでもだめならメーカーに出して見てもらうしかない。
だましだまし切って、太いのが2本を残った。本来なら20分で出来るところを2時間もかかってしまった。
玉切りにした楢を息子と割って今日はおしまい。

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道具は調子が悪くなるとどうにもやる気にならない。というよりも仕事にならなくなる。
チェンソーの刃の研ぎはさすがに20年研いでいるので切れ味はいい。ノミもノコも刃が切れないと研ぐことで解決するが、エンジンに至ってはどうにも素人で原因を特定できないことが多くお手上げだ

当分チェンソーの仕事はするなと云うことなのかもしれない。


INFINITE POWER







今使っているチェーンソーはSTIHLのMS210,排気量が35cc。その前に使っていたのが軽い31ccのSTIHLの018C、それを久しぶりに使った。
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刃の交換時期にMS210を譲り受けたので、刃が2mmしかなく切れないまま使わないで3年経っていた。エンジンは1発でかかり、刃を切れるようにするために刃の前にある山を少し削った。思いのほかよく切れて昨日切れなかった太い楢を玉切りにして移動できた。
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水仙の芽がどんどん出てきているのでこれで一安心。
人間気になっていることがあるとそれが終わるまで何とも落ち着かない。
移動し切り終えたので本当にほっとした。
秋から冬はオレンジの機械のパワーにいつも熱くなれる。
これで当分はチェンソーも使わないでいられる。


INFINITE HOPE




2011.02.21 欅の香り

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木のモノは作っているとその木の香りに包まれる。
このところケヤキで作っているので甘い香りの世界にいる。
檜や松の香りは誰でも知っていると思うが、意外とケヤキの甘い香りを知っている人は少ないのかもしれない。

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12mm~15mmのボタンが500個・・・並べるだけでも大変でした


INFINITE LOVE




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毎日木がどこからともなくやってくる。
この木たちを整理しながら作るものが見えてくる。
今はボタン、今日は欅で2CMのボタンを300個完成させta.
今月の予定数の1000個が出来て一安心
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薪割は夕方楢を5、6本割っている。毎日やると結構な量になる。
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日々の暮らし
たんたんと
やるべきことを
こなしてゆく

ただそれだけのことが
なかなか大変だ
継続の力が人生そのもの

めざすは
肉体と精神のバランス

余裕を失わない生き方
祈りある暮らし

無限なる調和





2011.02.23 千両
右にあるのが2009年12月に来た千両。赤い実は色あせ、来た時よりだいぶ小さくなってしまった。
左は2010年12月に来た千両は赤い実をたたえ美しい。
2011-02-16 009


それにしても切った枝が1年3カ月も水を吸い緑の葉を保って生きている。3回ほど水切りして小さくなったが、この姿でで8カ月も経っている。切ったところから根が生えて新しい枝がのびてくるということはあるかもしれないと思っていたが、それはなく、大きくもならずじっとして生きている姿がいとおしく思える。

INFINITE LIFE
2011-02-16 012

2009年12月の姿
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INFINITE JOY




2011.02.24 日々の祈り
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エジプトの革命が無事にが終わり
今リビア、
そしてそのほかのアラブの国々の革命が速やかに
平和的に終わりますように
中東の天命が完うされますように

ニュージーランドの地震
新燃岳の噴火

そこにいる人たちの天命が完うされますように
大地さんに感謝申し上げます
大地さんありがとうございます


九州四国本州にかこまれた瀬戸内海の端っこにある祝島を埋め立てて広げ原発を作る計画が進んでいる。
以前、浜岡原発の4号炉を作っている時にその工事に参加している世界平和の祈りの同志がいた。日本国の国家プロジェクトとしての仕事に誇りを持ってやっていた。すべては日本のためそして地球のためにという意識で作っているのだと言っていた。
数少ない賛成派の一人である。  
私のまわりには賛成派よりもたくさんの反対派がいる。廃棄物処理そして危険性を指摘し何が何でも反対の意思は固い。確かに危険なものであるが今の時代には必要なものである気もする。
わたしは反対もしないし賛成もしない。ただたゆみなく「世界平和の祈り」をしている。
その祈りの中で見えてくる世界がある。そこは悪いものが全く無い世界。
原発は今はまだ必要な時かもしれないが、悪いものなら必ず消えてゆく。ならば、壊れて放射能を撒き散らしてなくなることはとても痛みを伴うが、皆が気付き原発のスイッチをオフにして止まってゆけばいいのである。そんなときがきっと来る。それが見えている。
賛成派反対派もなく、どちらもが平和でありますように、みんなの天命が完うされますようにと祈り続けることが私の平和運動。

世界平和の祈り

世界人類が平和でありますように
日本(祖国)が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます






ちなみに、今の日本の電気の3割が原子力、LPGが3割、石油1割、石炭2,5割、水力0,8割
水力以外は水を沸騰させて電気を作る。
水力以外の鉱物は世界中から集めてやってきている。
なので無駄にしない技術が進みどれもが世界1位の熱効率を誇り、日本の技術の高さを誇っている。
その日本の電気エネルギーに感謝せずにはいられない。


水力さん
火力さん
原子力さん
風力さん、
水さん
石油さん
石炭さん
天然ガスさん
ウランさん

地球さん
人類を代表して感謝申し上げます。

ありがとうございます


2011.02.25 虹の朝
朝7時前、子供を学校へ送っていくときにきれいな虹が出ていたと妻が言っていた。それから1時間以上してキッチンから外を見ると晴れているのに雨が降りだしていた。。今また出ているかもしれないと飛び出すと西の空に虹が架かっていた。
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虹を見る幸せ
我が家にかかる虹
朝の虹みてやるきもでて
仕事もはかどった一日であった



あさのにじ げんきもらって はしりだす   月




INFINITE BEAUTY

INFINITE POWER





2011.02.26 作りかけ
我家の周りは木で覆われている。
ほとんどが薪で暖房とお風呂の燃料になっている。その薪の中でも年輪がきれいなものや木目の美しいものはでボタンやアクセサリーに変わり、廃材などではインテリアそして家までも出来てしまう。
しかし、いつの間にか未完のままのものたちがいたるところに置かれ、燃やすことも出来ずにたまっている。


何とか作りだしたときの気持ちをおもいだして作ろうと思うがなかなか進まない。
作る時は同時進行で何個も切り出しその時の一番いいのを完成させるので、どんどん未完のモノがたまっていくのだ。
そして時々こんないいものが未完のままではともったいないと作りだすのである。


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たぶん書院造の床の間のまわしぶちに使われていた欅の木である。もう一つは蔵板の落とし板、松である。
十字架を彫った。


INFINITE CREATION




2011.02.27 作りかけ2
日曜の昼下がり

今日は春の陽気
青空の下で彫り削り

蔵板の十字架は時計になる。
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お盆は割れたのを修理
割れたところが彫リ目で目立たなくなった
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INFINITE TIME


2011.02.28 霧の中


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二月の終わり
雨が降る
凍りついた大地もすっかり融け
すべてがぬかるむ泥の世界
朝と夕に霧がたち
森は潤い色が付く
白き森は
木たちの吐息
あたたかき
春の香り


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INFINITE LOVE